騎士
賃貸の集合住宅に住んでいた時のこと。
いつものようにオートロックを開け、いつものように1階の郵便受けを確認し、いつものようにエレベーターの所まで歩いていた。
その時、私よりも先に男の子がいたのは分かっていた。
ふと、エレベーターの方を見ると、先に歩いていた男の子がエレベーターのドアを開けてこっちを見ていた。
「あ。待っててくれてるのかな?」
私は小走りでエレベーターに乗り込んだ。
その男の子はすかさず、
「何階ですか?」と聞いてきた。
その大人びたモノの言い方に、ちょっとビックリして、
「あ・・・えと・・・5階です」
その男の子をチラっと見る。
どうみても、小学校1、2年生・・・、ひょっとして3年生かも。
とにかく、小学校の低学年である事は確かだ。
エレベーターが3階で停止した。
どうやらその子の家は3階のようだ。
その時だ、男の子は『閉』のボタンを押してスっと扉の外に出た。
その動作はとても手馴れていて、ちょっとカッコ良かった。
そして、扉が閉まるその瞬間、
「ばいばいき~~~~~ん!」と言って走って行った。
男の子の一連の大人びた所作と、「ばいばいきーん」というセリフ。
私は5階に上がるエレベーターの中でぷっと噴出した。
笑いつつも、何だかちょっと胸がキュンとなった。
「恋かしら?」
んなわけはないけれど、なんだかちょっとドキドキしたのだ。
そして私の妄想の中で彼は「騎士」になった。
「姫、何階ですか?」
というセリフを妄想してニタニタと笑う一人暮らしの独身OL。
その時、すでに30歳を越えていた。
背中が氷つくほど寒い光景だ。
何日か過ぎて、朝エレベーターで下りていると、3階で停止した。
エレベーターの網掛けのガラスの向こうに「騎士」の姿が見えた。
扉が開く。
すかさず、
「おはようございます」と騎士が言った。
「お・・・・おはよう・・・ゴザイマス」
子供なんだから「おはよう」で止めておこうかと思ったけど、何だか失礼な気がして、「ゴザイマス」を付けた。
ちょっと不自然な挨拶になってしまった。
1階でエレベーターが開くと、騎士は、
「いってきま~~~~す!」と大きな声で言いつつ走り去った。
胸きゅん。
その日は、仕事中もニタニタニタニタ、騎士と姫の妄想にふけってしまった。
30過ぎのOLが。
ええ、ええ、気持ち悪いですよ。(開き直り)
そんなこんなで、騎士との遭遇は極稀であったが、いつでも彼は騎士として凛々しかった。
ある日、多分、週末。
1階のオートロックのガラス扉の向こうに騎士がいた。
私はちょっとウキウキして鍵を開けた。
中に入ると、果たしてその日は、騎士は母親と一緒にいた。
「おぉ。騎士の母君かぁ」
などと心の中でつぶやきつつ、私は郵便受けの所に向かった。
騎士の母君は、郵便受けをパカっと開けて中を確認していた。
私が郵便受けの所に到着すると、騎士の母君はエレベーターの方に向かって歩き始めていた。
その時、騎士が郵便受けをパカっと開けた。
騎士は騎士なりに、自分の目で郵便物を確認したかったのだろう。
パカっと郵便受けを開ける音が聞こえたからだろう、母親はクルリと振り向いて、
「何やってんのっ!!お母さんが今見たでしょ?何でまた開けるの?今開けたって郵便物が入ってるわけないでしょ?何で何度も開けるの?郵便受けはおもちゃじゃないのよ!!パカパカ開けないでっ!!」
男の子はうつむいた。
「何やってんのっ!!早く来なさいっ!!」
男の子は小走りでエレベーターの方に向かった。
私も連られて小走りで彼の後を追った。
二人でエレベーターに乗り込み、彼の母親は『閉』のボタンを押した。
母親は無言だった。
私はそーっと手を伸ばして5階のボタンを押した。
もうそこには騎士も姫もいなかった。
そこにいたの二匹の金魚だ。
狭い空間の中、酸欠状態で、パクパクと口を開け、もがいている二匹の金魚。
あの時はほんと、切なかったなぁ・・・。
なんといって良いのか、うまくいえませんけど、その切ない気持ちわかります。
でもそうやってウキウキしているパナラさんの気持ち、うん、わかります。
そしてカワイイです(^^)
by carrot (2006-02-06 03:23)
エレベータの中の酸欠な気分が伝わってきて苦しくなりました。
この親にしてこの子あり、じゃないんですね。
騎士はどこで、騎士の所作を学んだのでしょう…?
by JOHN (2006-02-06 08:41)
なんだか本当に切なくなってしまった。。。
その子は今、どんな男の子になっているんだろうね。
ステキな『騎士』でいてくれたらいいなぁ(←個人的な願望)。
by (2006-02-06 10:26)
なんとなく、、、考え込んでしまった。
大人って何だろうね、、
by アキオ (2006-02-06 10:53)
えらくヒステリックなママですねぇ・・・ (-_-;
きっとその小さな騎士は パパ似なんだわ (と思いたい)
by 寝ぼすけ (2006-02-06 12:47)
このお母さんの子なのに、エレベーターでの気配りや、言葉遣いなど、感心しちゃいますね。
このお母さんも、その日たまたま嫌なことがあったのかもしれないですね。
郵便受けの扉、替えたばかりとか。
騎士と姫から2匹の金魚へ。
心情がよく伝わってきました。
きっと「恋」ですね。
今も彼が、騎士であってくれるといいですね。
by pingpong (2006-02-06 14:19)
騎士くんは、お母さんといない時はまた騎士に戻るかもしれませんね。
それがある意味親離れ?
by on_your_mark (2006-02-06 14:41)
ん〜。
お母さんは、むしの居所が悪かったのだと思いたいですよね。
一つの断片的な出来事を斬り出して、全てだとは思いたくないですもん。
だって、そんなに魅力的な所作を身に付けている子どもって、いないですし…。
生まれながらには、そういった礼儀とか備わっていないしなぁと…。
素直に、その男の子の礼儀正しさと、明るさは大人になった私も見習いたいものです。
よいお話をありがとう!
by (2006-02-07 02:05)
初めてコメントしますが、いつも黙って読んでます。
このお話とっても好きです。
自分までドキドキの胸キュンになった~~~~>< ワハハ
あと、その下の砂漠化の話も とても納得。
by (2006-02-07 13:44)
あー、ビックリした。
プンプン怒っていて不機嫌モード全開の私と、うちの息子かと思いました。
どこかで会っていた?と本気で思いました。
ホント、ごめんなさい・・・。 謝ります・・・。
by (2006-02-07 20:45)