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波長

あれは何年前のことだろう。
私が27歳くらいの頃かな。

私は近所の公園に犬を連れて散歩に出かけた。
近所の公園と言っても、県営の大きな公園で球技場なんかを備えている公園だ。

季節は、多分、春か秋。
つまり、気持ちの良い季節。
休日だったせいか親子連れも多く、アチコチでレジャーシートを広げてくつろいでいる家族をみかけた。

いつものコースを散歩して、いつものように、グラウンドを見下ろす様にグルっと取り囲まれている芝生の上に腰を下ろした。
しばらくボケーっとグラウンドの方を眺めていたら、どこからか視線を感じた。
左斜め下の方にいる少年がチラチラとこちらを見ている。
少年の視線の先は私の連れている犬だ。
きっと犬が好きなのだろう。
それにしても、控え目な少年だ。
普通、「わー!犬!さわらせてー!」などと言う子の方が多いから。

私はそっとリードを離した。
犬はフンフンを草の匂いを嗅ぎながら少年の方に向かった。
どんどん少年の方に近付く。
少年は嬉しそうに「おいで、おいで」をした。
犬は尻尾を振って少年の側に寄った。
しばらく犬の頭を撫でたりしていた少年はリードを持って犬を連れて来てくれた。

「ありがとう」と私はお礼を言った。

少年は私の左横にちょこんと座った。
体育座りで並ぶ二人。
しばらく無言で座っていた。

そのうち、少年がポツリ、ポツリとしゃべりはじめた。

「今日さー、お父さんがここに連れてきてくれたんだー。お父さん今日仕事休みになったから。それで妹と一緒に来たんだー」

「ふーん」

「あれ、いもうとー」
少年が指を指す。

「あれ、お父さん」
その子の父親は、芝生の上にゴロンと横になって、帽子を顔に被せて寝ている。

「ふーん」

気の無い返事を返す私。
子供と話すのは苦手だ。
いや、大人と話すのも苦手だけど。

「あのさー、お母さんってさー、いつまで要るの?大人になったら要らない?」

なっ!!!
突然何を聞くのだ?

でも、瞬時に少年の質問を理解する私。
だって、私も同じ質問を何度も何度も心の中で繰り返したから。

子供社会というのは非常に狭い。
そして、そこにおいて、母親がいないというのはとても目立つのだ。
学校の行事というものは大抵母親が来るものだ。
いや、学校の行事だけでなく、地域の行事でも、子供会でも、普通母親が主体だ。
父親が来る家庭はあんまり無い。
その中で、母親がいないというのは非常に少数派になってしまう。

「母親さえいればなー、こんなに悩まなくて済むのになー」
「大人になれば母親がいない事で悩まなくて済むのかなー」
って何度思った事か知れない。

家の中はいいのだ。
父親との生活にも慣れ、それが当たり前の風景になるから、母親がいなくてもあまり困らない。
しかし、一歩玄関を出ると、子供には母親の存在が必要なのだ。
と、いうか、母親の存在を求められてしまう。

「お母さんはどこにいるの?」などと聞かれる事は本当に多かった。

「いません」って答える度に心が痛くなった。

少年もきっと何度も「お母さんはいません」と答えただろう。
そして「一体この質問はいつまで続くのだろう?」と途方に暮れているのかもしれない。

少年は続けた。
「うちさー、お父さんとお母さんが離婚してー、お母さんが出ていっちゃったんだー」

やっぱりそうか。
なんとなく、少年の様子がそのくらいの年齢の男の子よりも寂し気だったので、そうじゃないかな、と感じていたのだ。

行楽日和。
周りはレジャーシートを広げてお弁当を食べている家族連れの人達。

そんな中、体育座りの少年と私は同じ種族だった。
同類ってやつ。

私は答えた。

「お母さんってさ、要るとか、要らないとか、そういうもんじゃないけどさ、大人になったら楽になるよ、きっとね」

私は立ち上がって、お尻についた芝生をパンパンして、
「じゃ、行くね。ばいばい」と言って犬を連れて立ち去った。

少年が納得したかどうかは分からない。

それにしても・・・。

なんで私に母親がいない事が分かったのだ?
たまたま?
偶然?

不思議ぃ~。


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heidao

はじめまして
同じ波長の人って なんとなく 空気でわかる
子どもは なおさらかな?

我が家は 私が仕事を始めてから
限りなく父子家庭に近いです
一緒にいても 寂しい思いをさせてるのかも
日々 反省
by heidao (2006-06-10 11:28) 

マー

まさに、ギクリと・・・
うちの子も、心では何かしらの想いを持っているはず。
それが、どんな形で私に伝わるのだろうか・・・
ただ、下を向かずに、お天道様に背かずやって行こうっと(~_~)
by マー (2006-06-10 13:21) 

ohayon

はじめまして。半年くらい前から時々のぞいておりました。
今日は思いきって書き込んでみます。
私も小学校に入ってすぐに母親を亡くしたので、その後どっぷり
父子家庭で育ってきました。年齢もparanaさんとそんなにかわらない
んじゃないかと思います。
今日のお話に出てきた少年の気持ちも痛いぐらい伝わってきました。
片方の親が欠けてるだけで、色んな場面で、なんで?って一拍置いて
考えないといけない分、他人より出遅れてしまったり、必要以上に
周りの目に敏感になってしまったり。。。
でも、一生懸命考えて生きている分、つまらない情報なんかにあまり
流されない人間になってるんではないかと、勝手に思っています。^^;
その少年もいい大人に出会って、自分らしく生きられる日がくると
いいな。と心から思いました。
by ohayon (2006-06-10 19:08) 

seita

いま「ブレイブストーリー」読んでるんですが、家庭環境の変化に揺れる強い感受性を持った小学生男子の視点で描かれています。私にもかすかに、ほんのかすかに(笑)その頃の胸の痛みの記憶があります。
by seita (2006-06-11 22:55) 

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