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父の知らないこと(8)

私は恐る恐るといった感じで『スナック・チャトラン』の扉を開けた。

「おはようございまーす。派遣の者ですー」

水商売の世界は夜でも挨拶は「おはようございます」だ。
初めは違和感があったがすぐに慣れた。

(シーーーーーーン)

店内は静かだった。

(あれ?誰もいないのかな?)

「おはようございまーす・・・」

と、言いながら、私はゆっくりと一歩ずつ店の奥に入っていった。

その時、突然、

「タッラーーーーン!!!」

という声と共に女性が目の前に飛び出してきた。
両手を高々と上げ、腰をちょっと捻ったポーズを取っている。
長い髪をしたとても美しい人だった。

私は緊張していたせいもあり、声も出せずにその場で固まった。
そして、その女性の顔をまじまじと見て、

(あっ!!!)

声には出さなかったが、顔には驚きの表情を浮かべてしまった。
そして、その瞬間、目の前の女性の顔が曇った。

(しまった!!!)

そう気付いた時には既に遅く、その女性は手をダランと降ろし、私にクルリと背中を向けた。

焦りつつ、その人の背中に向かって
「あの・・・、派遣で来ましたパラナと申します。今日はよろしくお願いします」と声をかけた。

その人は気だるそうに、
「あ、そう。よろしくね~」と言いつつ、私に背を向けたまま店の奥の方へ行ってしまった。

(あぁ、どうしよう。怒らせてしまったかも・・・)

その人は店のママさんだった。
そして、オカマさんだった。
知らなかった事とはいえ、私は顔をまじまじと見つめ、素で驚いてしまったのだ。

(なんて失礼な事をしてしまったんだろう・・・)

自分を呪う言葉を心の中で吐きつつ、謝りたいけど謝る言葉が見つからずに、私はトボトボと店の奥に進んだ。
他に一人女性がいて、その人が丁寧におしぼりの場所などを教えてくれた。
しっかりせねば、と思いつつも、気持ちは重く、苦しく、居たたまれなさにすぐにでも帰りたい気分だった。

しかし、ママさんもその道のプロである。
お客さんが来店すると、華やかな笑顔で迎え、絶妙な話術で客を楽しませ、とても面白い冗談を言ったりするので、私も思わず笑ってしまった。

(あぁ、怒ってないのかも。気のせいかも)

と、楽観的に思えるほどに、店内の様子は明るく賑やかだった。

そこに一組のお客さんが来店した。
中年の男性が一人と、若い女性が三人だった。

「いらっしゃ~い」

ママがにこやかに迎えいれ、奥のボックス席に通した。
男性は常連客なのであろう、ママはそのままその席についた。
カウンターの中にいても会話は聞こえてくるので、上司とその部下のOLさん達という事が分かった。
OLさん達は初めての来店のようで、キョロキョロと落ち着かなかった。
しかし、すぐにママの話術に魅了され、店内は若いお嬢さん達の笑い声に包まれた。

そして、場が盛り上がった頃に、ママがカラオケを歌った。
それはもうビックリするほど上手かった。
それにはOLさん達も大いに驚いたらしく、
「すっごーーーい!」を連発していた。
女性三人集まれば、興奮状態に火がつくとなかなか収まらない。

「もう!本物の女性みたーい!」
「どうしてそんな高い声が出るんですか~?」
「なんか、普通の女性よりもずっと綺麗~」
「喉仏とかも出てないですよね」
「お肌もツルツル~」

なんだろう・・・なんとなく嫌な予感がする・・・。

一人のOLさんが、
「どうしてそんなに綺麗なんですか~~~?」とママに尋ねた。

ちょっと間があって、ママが冷たい目をして、
「アンタ達みたいに、女の上に胡座をかいてないからよ」と言った。

OLさん達が一斉に戸惑いの表情を浮かべた。

「アンタ達は女に生まれたからってそれに甘んじて努力してないって言ってんのっ!」

「いいわよね~、アンタ達は、それでも女なんだもん。アタシがどんだけ苦労してるか分かんないでしょ?」

あぁ・・・。
そうなのだ。
どんなに努力をしても、私のような者から不躾な目で見られたり、「本物の女性みたい」などと言われたりするのだ。
もちろん、こういった事はママさんにとっては日常茶飯事のよくある事かもしれない。
しかし、「よくある事」=「傷つかない」って訳ではないはずだ。

私はやはりママさんを傷つけてしまっていたのだ。

OLさん達は怯えた表情になったが、それでも、ママのキツい冗談だと思い、なんとなくその場は収まった。

その後、ママさんは別の常連客と、
「ちょっと店外デートしてきま~す」と言い残して出ていってしまった。

そして、私の約束の時間である12時を過ぎても帰って来なかった。
私はもう一人の女性に日当を貰い、その店を後にした。

(謝る言葉は見つからないけど、次に呼ばれた時には役に立てるように精一杯働こう)

私は心の中で誓った。

しかし、二度とその店に呼ばれる事は無かった。

水商売の派遣に「次」などという機会はないのだ。


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seita

またまたとんでもない時間に更新してますね(笑)
今回のストーリーも感心させて頂きました。

過去の話なのに、その場にいた人たちのココロの動きまでをしっかりと再現できるparanaさんがスゴイと思います。というか「疲れる」ことの多い性格ですね、とほほほ。paranaさんがここまで洞察していたと知ったら、ママさんの態度も変わったでしょう。
by seita (2005-10-27 07:24) 

水商売は難しい&厳しいですよね。
私は水商売の人を尊敬しております。
でも「酒飲んで男に色目を使う仕事」なんつー偏見を持ってる人も
多いんですよね…一晩店に出てみろや!!ってカンジです。
いや、私も経験ありませんけど身内にいるので(^◇^;
by (2005-10-27 08:52) 

Silvermac

「夜の世界」は全く無縁ですが、垣間見て、皆、必至で生きているな、と考えさせられました。
by Silvermac (2005-10-27 09:44) 

厳しいのねぇ。
昔、赤岳(八ヶ岳の主峰)のてっぺんで仲良くなったOLさんに
「オ○マ・バーは面白いですよ」と言われたことがある。
なんでそんな話になったのか?忘れた。
by (2005-10-27 10:23) 

寝ぼすけ

「う~ん あるねーあるねー」と思いながら読みました
素直な性格が災いして(?) 思ったことがすぐ顔に出ちゃうんで
「もし ワタシだったら」と想像すると・・・(>_<)ひえ~
今度こそ!と思っても その人とはもうご縁がなかったりするしね・・・
いつもいつも気をつけていなくては!! と思いを新たにしました
いいキッカケを ありがとです
by 寝ぼすけ (2005-10-27 11:26) 

yamaki

一言余計に言っただけで…
取り返しがつかなくなるんだよね。
気をつけてるけど、時々…。
もっともっと気をつけよう。
by yamaki (2005-10-27 22:17) 

paranaさんはほんとに文章が上手だねぇ。
引き込まれてしまいます。
自分の何気ない行動や一言が誰かを傷つけてしまっていることに
気がつかずにきてるかもしれないと思うと、ちょっと反省。
女の上に胡坐を描く・・確かに!!耳が痛いわ・・・。
by (2005-10-27 23:00) 

水商売の派遣ってこいうのなの? コンパニオンさんかと思ってたけど、それとは違うのかな?
そうだね~~、おかまさんて、どちらかというとピエロ的な役回りだけど、素のときは貯まったものがあるのでしょうね。でも、このママ、ちと激しいね。paranaさんは仕事だけど、OLさん達はお客様なわけだし~。笑い飛ばして欲しかったな~~。
by (2005-10-28 18:29) 

JOHN

同級生で、オカマちゃんがいるんですよ。
中学の時から完全にオカマちゃんでした。
結構仲が良かったので(女同士として?)よく言われたことを思い出しました。
「パンチョはオトコみたいななりしてても、オンナだからいいわよね~
あたしもオンナに生まれたかったわ」って。
…中学生の会話じゃないですよね(笑)

今は、「美川けんだま」という名前でショーに出たりしてます。
自分をネタにみんなを楽しませる子だけれど、結構悩みは深いみたいです。
どう頑張っても、やっぱりオトコだから。
by JOHN (2005-11-01 10:48) 

私はある時期新宿2丁目から離れられない時期がありました。
深夜帯、静かになってきた店内でみんなが少しずつ話してくれる
『本当のその人』の話を聞くのが大好きでした。
by (2005-11-01 11:47) 

parana

> seitaさんへ

>「疲れる」ことの多い性格ですね、とほほほ。

んが~~~~~~。
図星を突かれてアタフタしておりますw
こういう性格だからでしょうか、ほとんど「ひきこもり」な私なのです。
仕事は別にいいんですよ、仕事だから仕事モードに切り替われば平気だし、働くの嫌いじゃないし。
でも、この春に15年勤めた会社辞めちゃって、本物の「ひきこもり」になってる気配ですw
ヤヴァイなぁ~・・・。

>ひなこさんへ

>でも「酒飲んで男に色目を使う仕事」なんつー偏見を持ってる人も
>多いんですよね

うんうん^^
例えば友達とか気の合う仲間とか、そういう人と話をするのは誰でも楽しいし何時間でも語らう事ができるけど、水商売は客を選べないんですよねぇ~。
どんな人ともそれなりに会話を繋げるって非常に難しいなぁって思います。
年齢も違うし、価値観も違うし、何もかもが違う人と話すってシンドイです。
しかも、会話を繋げるだけじゃなくて、楽しかったと思われなくちゃならないし。
元々社交的で人間大好き、自分も大好き、な人じゃないと何年も長く勤める事のできない仕事のようです。
私は仮面を被って仕事してたような感じなので、素になるとその疲労感でグッタリとなってました。
本当に大変な仕事だなぁって思いますね。

>SilverMacさんへ

>皆、必至で生きているな、と考えさせられました。

いろんな人がいて、いろんな職業がありますねぇ。
体は男でも、心の中は芯から女性なんですよね。
そういう人達が働く場所って結局水商売しかないわけで。
普通のOLさんとかしたくても難しいわけで。
綺麗な長い髪をね、必要以上に掻き揚げるんですよ。
「邪魔だわ」って感じで。
でも、きっとそうやって長い髪を掻き揚げたかったんだろうなぁ、って思って。
で、長い髪にして、お化粧して、スカートはいたら、それは「オカマ」というカテゴリーに無理矢理放り込まれるわけで。
働く場所も水商売しかないわけで。
私は思ったんですよ、もし私が社長になったらそういう人も従業員としてお迎えしようって。
OLさんの制服を着させてあげたいって。
でも、私、社長になってなってないしw
なれないしw
うわーーーん、自分が情けないーー!!(号泣)

>バンマスさんへ

>「オ○マ・バーは面白いですよ」と言われたことがある。

私は客として行ったことがないんですけど、人を楽しませるエンターテイナーとしては本当にプロだなぁって思いますねぇ。
そういう部分だけマネして、本当はそうじゃない人がテレビで活躍してるのを見ると、ものすごく複雑な気分になります。
それってアリなの?って思うもん。
オカマの人達の前でその芸できるの?って思うし。
「パクリやんか」って思うし。
すっごいモヤモヤしますねぇ。

>寝ぼすけさんへ

>素直な性格が災いして(?) 思ったことがすぐ顔に出ちゃうんで

いや、私も、態度や顔や言動にすぐ出ちゃうんですよw
こういう所が自分でも幼稚な部分だなぁって反省するんですけどね。
一期一会と申しますか、そういう一瞬、一瞬が大切なんでしょうねぇ。

>yamakiさんへ

>一言余計に言っただけで…
>取り返しがつかなくなるんだよね。

口喧嘩でもそうですけど、つい言ってしまった事って、無かった事にできないんですよね。
その人が記憶喪失にならない限り。
だからこそ慎重にならねば、って思うんですけど、私こういう失敗多いんですよ。
相手の度量に甘えてしまって、言い過ぎてしまうんですよねぇ。
反省ばっかりしています。

>あじごんさんへ

>女の上に胡坐を描く・・確かに!!耳が痛いわ・・・。

でしょっ?でしょっ?でしょっ?w
私も耳が痛かったですw
今でも痛いしw
女である事が当たり前で生きてきたから、無頓着になっちゃうんですよね。
イカンイカンと自戒しつつも、なかなかちゃんと出来ないんですよね。
向田邦子さんが「パックをしない女性は女性としてダメ」っぽい事を書かれておられるのですが、私はダメな方の部類ですw
お顔にパックをする事が効果があるとか、ないとか、そういうのは関係なくて、お肌をお手入れしたいな、綺麗になりたいな、ってそういう気持ちを忘れてはいけません、って事なんだろうなって思います。
パックなんてした事ない私としては、もう耳が痛くてたまらないんですけどねw
生まれる性別を間違えたかもしれないです。

>こぎんさんへ

>笑い飛ばして欲しかったな~~。

いや、普段は笑い飛ばしていたと思うんですよねぇ。
でも、あの日は私が事前に種を蒔いてしまっていたというか・・・。
間が悪かったですねぇ・・・。
今さら反省してもしょうがないけども、今でも悶々としますねぇ。

>JOHNさんへ

>自分をネタにみんなを楽しませる子だけれど、結構悩みは深いみたい
>です。
>どう頑張っても、やっぱりオトコだから。

切ないですねぇ。
本当は、普通に女性として、働いたり、結婚したりしたいと思うのですよ。
でも、働く場所は限られてるし・・・。
水商売をする以上はエンターテイナーとして盛り上げなくちゃいけないし、そうすると「女性」ではなく、客が求めるキャラに変身しなくちゃいけないわけで。
素の自分じゃいられないんですよねぇ。
「オカマ」としてではなく、女性として働ける場があればいいんですけどねぇ。

>あらよさんへ

>私はある時期新宿2丁目から離れられない時期がありました。

うん、独特の引力があると思います。
その引力が何かは分からないけど。
でも、こちらが必要以上に「何かがある」とか「特別な人」とか思っちゃいけないんですよね、きっと。
惹き付けられるけど、惹き付けられてはイカンという自制心が必要になってくるというか。
すごく難しいんですけどね。
by parana (2005-11-02 03:08) 

中身は少し物悲しいけど、期待通りでしたよ。ありがとうございます。
by (2005-11-03 21:05) 

心のひだで言葉を紡ぐparanaさんらしい感想。どうなんでしょう、ママにとっては、paranaさんが一瞬見せた表情が素直であって、それはparanaさんのその後の態度を推察するに、何ら不快だったり傷つけられたり感じるものではなく、あなたが実直な心の持ち主だと思われたような気がします。

ママの言葉は重いですよね。それは女性にだけではなく、男性に対しても、自己を磨けということなんでしょうね。外面と内面ともに・・・
by (2005-11-04 10:41) 

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