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七五三

父が生きていた頃、自分が写っている写真を見ても「自分」しか見えてなかった。
父が死んだ後に、アルバムをめくると、そこには私を写す父の気持ちが見えた。

手を広げて、満面の笑みで、前に向かっている幼い「自分」。
その先には、当然、父がいたわけで。

父に向かってヨチヨチと歩いている娘。
それを写そうとちょっと下がる父。
その父を追いかける娘。

そんな写真。

で、話は変わって、働いていた頃の話。

Aさんという男性がいた。
年齢は40歳をちょっと超えたくらいだったかな。
Aさんは、割と遅くに結婚した。
そして、やがて女の子を授かった。

ある年、Aさんは、ある単発の仕事の責任者になった。
それまでの慣習なら、「いちげんさんお断り」というか、過去に取引の無い会社の仕事はしないような風潮があった。
新規のお客さんとは意思疎通が難しく、トラブルになりやすいからだ。
既存のお客さんの場合、阿吽の呼吸というか、お互い持ちつ持たれつの、ぬるい関係・・・いやいや・・・信頼関係があるので、そういうお客さんを積極的に大切にしていた。
まぁ、社長の性格が反映されていたわけです。
ある程度、自分の我侭が通る会社と付き合うのを好んでいたわけですな。
それなのに、その単発の仕事は受注してしまった。
なぜならば、受注金額が大きかったから。
「つい、お金に目が眩んでしまった」と社長は後に語っていた。

そんな訳で、最初からその仕事は「嫌な予感」というか、すんなり行かないだろうな、という懸念があった。
責任者になったAさんは頑張った。
しかし、相手の会社の担当の方と折り合いがつかず、なかなか前に進まなかった。
遅々として進まない仕事。
このままでは非常にヤバい。

ついに、社長が重い腰を上げて、緊急会議を開く事になった。

緊急会議といっても、他の仕事をしている責任者を集めて、「花いちもんめ」をするだけですけどね。

社長:「ちょっと、君のとこの○○君貸してよ」
責任者:「ヤダ」
社長:「じゃ、○○君は?」
責任者:「ヤダ」
社長:「ん、じゃ、仕方無い、○○君は?」
責任者:「んー、ちょっとだけならいいですよ。でもすぐに返してね」

私はこれを「花いちもんめ」と呼んでいた。
それぞれが、人員を少しずつ割いて、危なそうな所に投入するのだ。

で、緊急会議です。
緊急な会議なわけですから、緊急なのです。
日曜日に集まって、という事になった。

日曜日にいきなり集まれ、とは酷い会社だ。
でも、みんな集まった。
態度はラフでも、気持ちはプロなのだ。

しかし、一人だけ来なかった。
肝心要のAさんである。
Aさんの仕事が難航しているから、皆で手を貸そうという会議だ。
それなのに、Aさんが来ない。

誰かがAさんの携帯電話に電話をした。
すぐに電話は終わった。

「あのぉ、Aさん、今日娘さんの七五三で来れないんですって」

ズコーーーーーー。

みんなが一斉にコケた。

社長は「あ~ぁ」とため息をついた。
それから、「ゴメンネ。せっかく集まってもらったのにね」と言った。

しかし、社長は心の中で怒り心頭だったのだ。
怒りのマグマが心の中で煮えたぎっていたのだ。

誰もいない社内。
一人残業していた私。
社長が話し掛けてきた。

社長:「アイツ、バッカじゃネーノ?そぉ思わん?」
私:「・・・・」
社長:「誰のために皆集まったと思ってんだよ」
私:「・・・・」
社長:「なにが七五三だよ、アホかって」
私:「・・・・」
社長:「クビだ、あんなヤツ。クビ、クビッ!」

私は静かに言った。

「七五三が仕事よりも大事って人もいるんじゃないの?世の中には」

てっきり賛同してくれると思っていたのにアテが外れた、といった感じで社長は憮然とした。

「クビとか、あんまり簡単に言うもんじゃないよ。七五三、いいじゃん。娘としてはそういう親の方が好きだよ。仕事よりも自分の七五三を選んでくれるなんてさ。娘としては嬉しいよ」

娘の運動会に一度も行った事がない、というのを自慢気に語る社長である。
七五三を選ぶなんて「とんでもない!」と思っているはずだ。

それでも、何か思う所があったのだろう。

「クビって言うのは言葉のアヤだよ。クビになんかしないから。心配いらないよ」

社長はそう言って立ち去った。

実は、私の本心は、「七五三より仕事だろ!」と思っている。
七五三を取って、仕事を失ったんじゃ元も子もないでしょ。

でも、七五三を選んだAさんの事、嫌いじゃないんだな~。

かくして、Aさんの仕事は、見事な赤字で幕を閉じた。
大損害だった。

まぁ、こんなもんです。世の中。

Aさんの家のアルバムには、きっと、その時の七五三の写真があるんだろうなぁ。
娘さんにとって、それは単なる七五三の写真で、何とも思わないかもしれない。

でもさ、その写真は、父親が仕事よりも娘を取った証なんだよね。

どんな写真よりも貴重なんだゾ。


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コメント 8

ぐりふぉん

そんなオヤジになりたいっすね。
仕事だけが人生じゃないもん。
by ぐりふぉん (2007-01-25 09:43) 

うん。
いろんなひとを許容できる社会でありたいと思います。

自分のこだわりは、自分の中だけで。

もちろん、人にとやかく言えるような生き方はできてないんですけどね〜。
by (2007-01-25 11:42) 

Nishi

一人の社員である前に一人の父親であったわけですね♪
by Nishi (2007-01-25 23:11) 

アキオ

とっても、、しんみり。
解るって感じだ。。

そのときは、その時間しか無い。。事ってあるんですよね。
ま、でも、七五三は少し先に延ばせない物でもないんだとは思うけど。。
(ヒトの事情は解りかねますし)


でも、いいおはなしです。
切り口次第なんだなぁ、、って変な意味でも
いいおはなしだなあ、と
by アキオ (2007-01-26 20:16) 

parana

>ぐりふぉんさんへ

ほんと、仕事だけが人生じゃないですよね。
最悪、仕事の変わりはあるけど、家族の変わりはないですからねぇ。
どういう取捨選択で生きるか、はその人次第ですね。
他人から見て「正しい選択」と、自分から見て「正しい選択」って違うと思うんですよ。
そこら辺の折り合いが大変なんですけどね~。

>shinoさんへ

そうなの。
色んな人がいるのよね。
で、排斥するのはカンタンなんだけど、それでいいのかな?って思うんですよ。
大きなドンブリのような社会を望みますなぁ。

>Nishiさんへ

父親の存在って何だろう?ってよく考えます。
すごく大切な存在だと思うんだけど、希薄ですよね、実際は。
単なる「お金を稼ぐ人」ってだけではどこか虚しい。
大切な要素ではあるけれどね。

>アキオさんへ

件の七五三は両家のご両親が遠方から来てたらしいんですよね。
先延ばしするには、結構厳しい状況かと(笑)
それでも仕事を取る、という人も多いと思うなぁ。
もし、私が同じ状況なら仕事取ると思うもん(笑)
でも、shinoさんも言ってるけど、どんな人も許容できたらいいなぁって思います。
それが難しいことだって知ってるけどね。
by parana (2007-01-27 03:59) 

JOHN

法事より仕事を取った私としては耳が痛いデス…
うちの父は、そういうイベントは結構好きだったみたいです。
堂々と仕事が休めるから(笑)←これはホントです。
それじゃ本末転倒じゃん^^;と思いますけどね。

Aさんの娘さんが大きくなった時に、
お父さんがとても愛情を注いでくれていたことを
ちゃんとわかってあげられる人になってほしいなぁ…
paranaさんのように。
なんて思ってしまいました。
by JOHN (2007-01-29 08:34) 

マー

うん、
やっぱりさ、家族なんだし、
関わっていける環境があるんだから、
お父さんもドンドン行かなくちゃ。

うちは、
休日も仕事仕事な、父親だったけども、
運動会には必ず来てくれてたな・・・

今自分が親になって、
少しずつ理解できるようになっています(^^ゞ
by マー (2007-01-30 14:32) 

parana

>JOHNさんへ

いやいやいや、私も「仕事とる派」なんすよ。
家族に迷惑かけるのと、他人に迷惑かけるのを天秤にかけると、
他人に迷惑かけてしまう方を恐れてしまうのです。
でね、世間一般は、大抵私と同じ選択をするよなー、と。
でね、ヤバい事に、その事を「正しい」という認識でいるわけで。
実は、どっちが「正しい」って明確な答えがあるわけじゃないのにね。
こういうのって、少し怖いなって思んだぁ。

>マーさんへ

運動会の写真ってさ、沢山の子供の中から、必死で我が子を探してる親の姿が目に浮かぶよねー。
そういうのって、なんか良いですよね^^
by parana (2007-01-31 02:21) 

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